デス・オーバチュア
第225話「取るに足りない女神(トリビアガント)」



空から青い流星が森の中に降り立った。
「っぅ……」
黒地銀花のロングチャイナドレスに紫の暗い無地な上衣(着物)を羽織った金髪の少女、嫦娥(こうが)である。
桜の旋風・片刃の直撃を受け、チャイナドレスはボロボロになっていたが、紫の上衣と彼女自身には何のダメージもないようだった。
「あの愛玩人形が……」
前開きに羽織られていた紫の上衣が独りでに閉じられる。
嫦娥は頭部で団子を作っていた二つの黒いリボンを引き抜いた。
閉じられていた上衣が独りでに開かれると、ボロボロのチャイナドレスが黒のノースリーブシャツとミニスカートに切り替わっている。
「何が慰謝料よ……ひとの倉の財宝を勝手に持ち出して……」
上衣が再び独りでに閉ざされると、嫦娥はどこからともなく取り出した紫紺のマントを体に巻き付けた。
紫紺のマントを引き抜くと、着物の上に白いエプロンドレスが纏われていて、黒い太帯がエプロンごと着物を締めている。
嫦娥が黒いリボンを髪に近づけると、リボンは独りでに左右の耳元の髪に巻き付いて束ねていった。
そして、最後にどこからともなく取り出した白いヘッドドレスを頭部に装着する。
こうして、嫦娥は『月黄泉(つくよみ)』へと変身を完了した。
「牝狐(めぎつね)め……次に会ったら私の全コレクションを持って完殺(かんさつ)してあげるわ……」
憎々しげに吐き捨てるように呟くと、嫦娥改め月黄泉は村雨を腰の帯に差す。
「凄い凄い、見事な早着替えね〜」
声と共にパチパチといった拍手の音が聞こえてくる、そちらに視線を向けると、一人の修道女(シスター)が居た。
人形を極めし者(ドールマスター)、ディアドラ・デーズレーである。
ディアドラは大きな石の上に座り込んで、全長30p(センチ)ぐらいの人形を針と糸で縫っていた。
「……人形?」
月黄泉は、ディアドラの縫っている人形に不快げな眼差しを向ける。
アンベルのような機械人形ではなく、ただの布と綿できた人形だと解っていても、今は人形という存在は見たくはなかった。
「できた! ヌーベルアリスちゃん!」
ディアドラは、縫い上げた人形を月黄泉に見せつけるようにかざす。
人形は長い金髪に黄金の瞳で、可愛らしい青と白のエプロンドレスを着込んでいた。
頭部には青いヘアバンドをつけている。
「うん、やっぱ本物を見て作っただけに出来が違うわね〜」
ディアドラは、ヌーベルアリスを胸にぎゅっと抱き締めた。
「…………」
月黄泉はディアドラから視線を外すと、彼女を無視して歩き出す。
「ヌーベルアリスちゃん、アレが『魔女』より怖い『皇妃様』だよ〜」
ドールマスターは胸に抱く人形に話しかけるように呟くと、岩から立ち上がり、ゆっくりと月黄泉の後を追って歩き出した。



この世界に、この城に連れてこられてどれくらいの月日が経ったのだろう?
此処は時計どころか、朝から夜へといった……一日の変化すらない闇の世界なので、何の根拠もないが、だいたい一ヶ月は経過しているように思えた。
「……ん……」
全裸のアンベルはもそもそとベッドの上から動き出す。
今、この部屋にはアンベル一人しかいない、この城の主による休む事なき陵辱……『寵愛』からやっと解放されたのだ。
とりあえず、シーツでも体に巻こうとした瞬間、部屋のドアが乱暴に開かれる。
姿を見せたのは、和洋折衷(極東風と西方風の様式をとりまぜた)な服装をした存在だった。
一番下に着ているのは、Aライン(アルファベットのAの様に裾に向けて広がったライン)の黒いイブニング (肩や背や胸元が露出気味な夜の装い)ドレス。
その上に、紫の無地な上衣(着物)をコートのように羽織って(袖に両手を通してはいるが、帯などはせずに前開きで)いた。
さらにその上に、闇色のローブを纏っており、ローブのフードを深々と被って顔を隠している。
ローブの上には、銀色の巨大な肩当てと小さな胸当て(逆三角形の盾)が一つになったような『鎧』を装備していた。
装備といっても、直接ローブの上に『着ている』のではなく、鎧とローブの間には僅かな隙間があり……鎧は彼女に重なるように『浮いている』のである。
銀色の両肩と胸の中心にはそれぞれ青い宝石が埋め込まれ、背中からは紫紺のマントが翻っていた。
「ん……どなたですか〜?」
「……またこんな薄汚い人形を拾ってきて……」
着物の袖口から銀色の両手が突きだされる。
よく見ると、ドレスからほんの僅かに覗く足下も両手と同じ銀色だった。
「ファージアス様のお戯れにも困ったものね…………」
ローブの女は背中の紫紺のマントを外す。
紫紺のマントを右手で持つと、左手を隠すように被せた。
「……ん?」
アンベルが見つめていると、ローブの女は勢いよくマントを引き抜いた。
マントが消えると、ローブの女の左手には、黒の無地な上衣(着物)が抱えられている。
「おお〜、凄い手品ですね〜」
アンベルはパチパチと拍手をした。
「見苦しいので、とりあえずこれでも羽織っていなさい」
ローブの女はそう言うと、黒の無地な上衣をアンベルへと放る。
「あ、どうもすみません」
アンベルは上衣を受け取ると、素直に礼を言って裸に上衣を羽織った。
「…………」
ローブの女が無言で指を鳴らすと、彼女の周りに剣、刀、斧、槍、鞭、弓、杖……といった様々な『武器』が次々に出現していく。
「ふぇ〜、凄いですね〜」
最終的には、十三個の武器がローブの女の周りを包囲するように浮いていた。
「……十三暦月(じゅうさんれきげつ)……私のコレクション最上の十三種の武器……」
「本当に凄いですね〜、全部伝説クラスの武器ですか?」
十三個(種)の武器は一つ一つが、ただの武器ではないと一目で解る輝きと美しさ、そして強さを感じさせる。
「貴方はどれで死にたい?」
ローブの女の周りを十三の武器がゆっくりと回りし始めた。
「……回転寿司みたいですね……」
「何よ、それ? 言葉の意味は解らないけど何か不愉快ね……」
言葉通り不快げに言うと、ローブの女は回り続ける武器の中から極東刀を右手で掴み取る。
「聖刀『村雨(ムラサメ)』……これは私の一番のお気に入りの名刀……」
ローブの女は刀……村雨を鞘から引き抜いた。
「綺麗でしょう? 水の滴る美女ならぬ水の滴る美貌の刀……どれだけ大量の人間を斬ろうと、この刀身は血で穢れることもない……」
村雨を鞘に収めると、回り続ける武器の流れの中に戻し、代わりに別の極東刀を選び取る。
「で、これがよく村雨と間違われる妖刀『村正(ムラマサ)』。馬鹿で学のない人間は村雨まで妖刀だと勘違いしているのよね。村雨はこの世でもっとも清らかで聖なる名刀だって言うのに……」
その後もしばらく、ブツブツと文句のような講釈が続いた。
「……あの……」
「何よ? まだ話は途中……」
「武器の講釈というか……コレクションの自慢をしに来られたのですか?」
「はっ!?」
ローブの女は我に返る。
いつの間にか武器の講釈に夢中になって、完全に当初の目的を忘れていたようだ。
目の前の人形(アンベル)を殺すという目的を……。
「危なく目的を忘れるところだったわ……」
ローブの女は村正を手放すと、豪奢な装飾をされているが古びた鞘に入った直剣を手に取った。
「聖剣『天叢雲(あめのむらくも)』……」
鞘から抜かれたのは、白い刀身の両刃の剣。
刀身は両側に空(天)に垂れ込める雲のよう刃紋があり、片刃直刀の二振りの極東刀を峰で貼り合わせたかのようだった。
「極東に置いては神剣扱いもされる最古の極東刀、最強の霊剣……」
「なんかやたらと水属性寄りというか、極東産の武器ばかりですね……というか『ムラ』ばかり……ムラムラ〜?」
村雨は正しくは群雨で叢雨、群がる雨のことである。
天の『叢雲』も同じく、天に群がり集まった雲、群れの雲という意味だ。
「あら、解る? 十三種の中にはないけど、二十八のコレクションには他にもクトネシリカとか……て、また誤魔化す気ねっ!?」
再びコレクション自慢に突入しようとしていたローブの女は、今度は引っ掛からないとばかりに素早く我に返る。
「別にそんなつもりないですよ〜。それより、なぜ、わたしが殺されるのか、あなたが誰なのかぐらい教えてくれないんですか?」
アンベルは、目の前の女が自分を殺す気であり、容易く殺せるだけの力を有することを悟っていながら、不自然なまでに自然体で冷静だった。
「……いいわ、教えてあげる。私の名はセレーネ・トリビアガント・フルムーン、魔眼皇ファージアス様の第二皇妃よ」
ローブの女……セレーネ・トリビアガント・フルムーンは口元に自信と誇りに溢れた微笑を浮かべる。
「ああ、なるほどっ! それでわたしを殺す理由も解りましたよ」
アンベルはポンと手を叩いた。
「嫉妬ですね? 夫が人形を愛でるのに夢中で、相手をしてもらえ……」
「死っ!」
「ふぇ!?」
最後まで言わせずに、天叢雲が振り下ろされる。
巨大なベッドが跡形もなく消し飛ぶ直前、アンベルは空高く跳躍して逃れていた。
「いきなり非道いですよ、奥様!」
セレーネの上空で滞空するアンベルの突きだした左手から、金色の光の矢が『射ち』だされる。
金色の光矢は『矢』と言いながら大砲のような威力の極太の光線であり……セレーネに直撃すると、閃光の大爆発を起こして彼女の姿を呑み込んだ。
「……まあ、効くとは思いませんでしたけど……そうきますか……?」
閃光が晴れると、何事もなかったかのように同じ場所にセレーネが立っている。
違うところは、彼女の頭上に傘のように銀色の大きな『盾』が浮いていることだった。
銀色の盾には青い宝石が埋め込まれ、美しい天使の姿が彫像されている。
アンベルは滞空を続けながら、眼下のセレーネに向けて文字通り矢継ぎ早に光矢を射続けた。
光矢の豪雨は、盾に接触すると爆発し、セレーネの姿は閃光と爆発の中に消える。
「あはははははははははーっ!」
アンベルは笑いながら、一分ほど休むことなく光の雨を降らせ続けた。
光矢の斉射を止めると、部屋中を埋め尽くした閃光と爆発がゆっくりと晴れていく。
「……気は済んだかしら?」
「ええ、大分すっきりしましたよ、化け物さん〜」
閃光と爆発が全て消え去る……破壊、蹂躙され尽くした室内と違って、盾の下のセレーネはまったくの無傷だった。
「我が『三重相月(さんじゅうそうげつ)』……その程度の物理攻撃では破れはしないわ……」
役目を終えた巨大な盾は縮小化すると、セレーネの紫紺のマントの内側に消えていく。
「核……」
セレーネは素手の左手を上空のセレーネに向けた。
左掌の前に小さな30oほどの青い光球が形成されていく。
「ば……」
「あはっ!」
青い光球が放たれようとした瞬間、アンベルがいきなり出現させたハンドガンを発砲した。
50口径の弾丸は青い光球にヒットし、青い閃光の大爆発が部屋を一瞬で蹂躙し尽くす。
「……くっ……逃げた……?」
青き閃光の大爆発が収まると、部屋に残っていったのはセレーネだけだった。
「なんて往生際の悪い人形……」
無論、セレーネは己の放とうとした『核爆発』の魔法を自爆させられたぐらいでダメージを受けたりはしない。
彼女は三重月相……物理攻撃無効(盾)、魔法攻撃無効(鎧)、自動回復(兜)という完全無欠な三重の守護を常に『装備』しているのだ。
ちなみに、両の籠手は、イメージの構築や呪文の詠唱などを必要とせず、誰でもお手軽に核爆発の魔法が使えるとても便利な魔法の籠手である。
さらに、具足には浮遊や瞬間移動といった『神速』の魔法が込められていた。
兜、鎧、籠手、具足、盾の五つにおまけの剣をプラスした銀月神衣(ぎんげつしんい)一式。
十三暦月……最上級の伝説の武器十三種。
以上の物(アイテム)を全装備した際のセレーネは限りなく素敵に無敵だった。
夫である魔眼皇ファージアスと第一皇妃であるリンネ以外には負ける気がしない。
逆に言えば、これだけの装備をしてもなお、あの二人には勝てる気がせず……恐怖の対象だった。
「……人形は琴姫だけで充分よ……」
セレーネは顔を隠していたローブのフードを下ろす。
余裕で腰まで届く、ボリュームのある柔らかそうな淡い金色の髪が露わになった。
長い前髪が左目だけを覆い隠し、青い右目が静謐な輝きを放っている。
左右それぞれ一房の髪を黒いリボンの蝶結びで三つ編みにして、胸のあたりまで垂れ下ろしていた。
頭の左右には、満月を象ったかのような円盤(銀細工の髪飾り)が貼りついてる。
左右の円盤には鎧(両肩と胸)と籠手と具足と盾と同じように青い宝石が埋め込まれていた。
おそらくこの円盤が銀月神衣の『兜』にあたるのだろう。
「それにあれは人形との境界があやふや……」
セレーネにとってそれはかなり重要な問題だった。
人形ならただの性処理用の女性人形(ダッチワイフ)だが、人間に属するなら愛人、愛妾……下手をすれば第三皇妃ということに成りかねない。
「ん…………」
考え込むセレーネの横顔は十五歳ぐらいの少女の容姿でありながら、成熟した女の雰囲気……色香を感じさせた。
彼女は紛れもなく若い女性の姿をしているのに、纏う空気、声色、仕草、全てが乙女というより、熟女……熟し切った果実を思わせる。
「…………」
セレーネの両耳には月長石(ムーンストーン)のイヤリングが吊されていて、透明な丸い宝石の中に『欠けていく月』のような青い光輝が閉じ込められていた。
「やはり、今のうちに始末しておかないと……」
彼女の左手に五つの防具と同じ銀色の剣が出現する。
「逃がしはしない……」
輝く月の皇妃(セレーネ)は、十三の武器(月)を引き連れて、部屋を出ていった。









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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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